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『凪待ち』香取慎吾演じるダメな男と周りの人々の再生の物語

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僕の中では香取慎吾さんというと、SMAPの一番年下のメンバーで、大きくて陽気でひょうきんな弟ってイメージでした。まぁ、僕は香取さんのファンとかではないし映画を全て見ているわけではないので、あまり好き勝手言えませんが、これを読んでいる読者の方のイメージも概ね「香取慎吾=明るい人」という感じではないでしょうか?

 

ところが今回紹介する『凪待ち』ではそのイメージをガラッと覆されます。香取さんはギャンブル依存気味のダメ男郁男を演じるのですが、これがまた香取さんのどこか影のある雰囲気といい感じにマッチしてるんですよね。

 

まずは簡単なあらすじから。物語は郁男が務めていた印刷所をクビになるところから始まります。クビになった郁男は、パートナーの亜弓とその娘の美波と一緒に、亜弓の実家のある宮城県の石巻市に移住します。実家には亜弓の父である勝美が暮らしています。郁男たちは亜弓の父親である勝美とともに生活を始めるのです。

 

新しく印刷所の仕事を得てギャンブルから足を洗おうとする郁男。しかし、職場の同僚に誘われ街のノミ屋に足を踏み入れると再びギャンブルにハマっていってしまいます。

 

※ここからはネタバレありなのでよろしくおねがいします。

何かを失い傷つき人は再び立ち上がる

作中で郁男は大切なものを失います。パートナーの亜弓を何者かに殺されてしまうのです。さらに、その亜弓を殺したのではないかと職場の人間たちに疑われ仕事も失うことに。傷つき落ち込んだ郁男はあまりにも辛い現実から逃げるためさらにギャンブルにのめり込んでいくんです。

 

何かを失ったのは郁男だけではありません。亜弓の娘の美波も母親を失いました。そもそも彼女は東日本大震災で被災していて、亜弓とともに一時期関東で暮らしていたのですが、「放射能が映る」という心ない声に傷つき不登校に。彼女も自分の居場所を失っていたんですね。さらに、亜弓の父親の勝美は震災時に発生した津波で妻を亡くしています。

 

そして、何よりもこの映画の舞台である石巻という土地やそこに住む人たちも多くのものを失っています。

 

この作品は主人公やその周辺の人物たちが、何かを失い傷つき、そして少しずつ再生し前に歩もうとしている姿と、震災で大きな被害を受け、人も建物も産業も失った被災地である石巻市の再生をリンクさせているのだと思います。

 

ただ、その道は決して平坦なものではありません。一度大切なものを失い、傷ついた人の心はそう簡単には回復しません。もちろんそれは被災地も同じ。人も建物も失い、仕事もないでしょうし、生活のために多くの人々が流出していったはずです。このブログは震災から10年経った年に書いていますが、石巻市でも未だに見つかっていない行方不明者の方がいますし、自分の家族や友人、恋人などを失い、大きな傷を抱えたまま生活をしている人たちの姿が容易に想像できます。

 

タイトルの『凪待ち』の凪とは風が止んで波が穏やかになる様子をさします。郁男と周りの人たち、そして地震と津波で多くのものを奪われた被災地の人たちの心もいまだに不安定で、荒れ狂う波の中を漂っている気持ちなのかもしれません。彼らは時に挫けそうになりながら凪を待っている。そんな様子に僕らの心は動かされるのです。

 

人は誰かに支えられて生きていく

人のことを言えたものではないですが、郁男はかなりのダメ人間です。ギャンブルにハマり借金を作った際には、亜弓の父親の勝美が自分の船を売ってくれてまで借金を返してくれたにもかかわらず、またギャンブルをやってしまうようなやつです。しまいには酒を飲んで酔っ払って街のヤンキーみたいな人たちに絡まれてボコボコにされる始末。

 

でも、郁男の周りの人たちは彼のことを見捨てないんですよね。美波もそうだし最初は郁男の存在を認めていなかった勝美ですら郁男のことを助ける。パートナーの亜弓だって、郁男のギャンブル癖があるの知ってて一緒に実家に行こうと誘うわけですから、郁男の周りの人たちは優しいと思います。

 

もちろん、郁男がどこまでもダメでどうしようもないやつだったらそうはならないでしょう。ダメだけど人を気遣える優しさがある。いやっ、むしろダメだからこそ人の弱さに敏感でそこにそっと寄り添えるのかもしれない。

 

そういう郁男だから亜弓の娘の美波とはすごく仲がいいんです。一緒にゲームやってうまくいったらハイタッチとかしちゃう。人によりますが、なかなか母親のパートナーの男性とそこまで仲良くならないじゃないですか。どこかよそよそしくなっちゃうものだと思うんですよね。でも、美波は郁男の前では自然な笑顔を出せている。これはきっと、郁男が美波が不登校だからとかそういうことで彼女を否定したりしなかったからなのではと思います。自分が弱くてダメだからこそ、今ダメだったりうまくいってない人の気持ちを想像し、普通に接する事ができるのではないかと。まぁ、これは僕の勝手な解釈なんですけどね。

 

そんなこんなで、物語のラストに向かって郁男はダメながらも再生への道を歩み始めます。何度も落ちて諦めそうになりながらも、周りの人たちが彼に手を差し伸べてその手をどうにか掴んで歩いていく。もしかしたら人によっては「郁男に甘すぎるんじゃねぇか?」と思う人もいるかもしれない。確かにそう思う気持ちもわからないでもありません。ただ、じゃあ、周りの人間が郁男のことを見放しちゃったらどうなるのか?きっと、彼は自暴自棄のままどこまでも落ちていったでしょう。傷つき自分を否定する人間がもう一度やり直すには、時間と人の支えが必要なんだと思います。

 

対照的なのは郁男が石巻に引っ越してくる前に職場の同僚だったなべさんです。なべさんはギャンブル好きで借金持ち。郁男と同じ印刷所で働いていたのですが、同時にクビになってしまいます。二人はギャンブルという同じ趣味を持っていたこともあり、とても仲が良かったのですが、郁男が宮城に引っ越すことになったため離れ離れになってしまいます。

 

このなべさんが物語の後半で事件を起こします。クビになった印刷所に金属バットを持って殴り込み従業員に怪我を負わせて逮捕されてしまうのです。元々職場の人間からいじめに近いことをされていた恨みもあったのでしょう。事件を起こす前に郁男に電話をかけてきたなべさんは、「郁男だけが自分に優しくしてくれた」と感謝の言葉を述べて、その足で印刷所へ向かったのです。

 

同時期に職場をクビになり、同じくギャンブル依存気味だった二人の大きな違いはなんだったのでしょう。それは、「周りに理解者がいるかいないかだったのではないか」と思うわけです。

 

前述したように郁男にはパートナーにその親と娘など、彼のことを側で見てくれている人がいました。ダメではあったけど人の支えはあった。でも、なべさんは違います。唯一の理解者である郁男も遠い地に行ってしまい、彼の周りには誰も理解し支えになってくれる人はいませんでした。だからいよいよ追い詰められ、自暴自棄になった時にストッパーになるものがなかった。だから、罪を犯してしまったのではないかと思うのです。

 

この二人の対比は、「いかに人は人に支えられて生きているか」を如実に表したものだと思うのです。郁男の周りには人がいてどうにか踏みとどまれた。なべさんの周りには誰もいなくて踏みとどまる事ができなかった。本作はそうした悲しい現実もきちんと直視していて、観ている側としてはギュッと胸を締め付けられますが、だからこそ心に残る部分だったと思います。

 

終わりに

今回は香取慎吾さん主演の『凪待ち』を紹介してみました。

 

香取さんが演じるダメ男がゆえの葛藤や、どうにもならない現実から逃げ出したくなる気持ちはきっと誰もが持っている部分であり、共感できるのではないかと思います。そして、その郁男を演じた香取さんはこの映画をきっかけにさらに演技の幅を広げたように感じます。彼の今後の作品にもぜひ期待したい。

 

そして、何よりも傷ついた人たちの歩みと、復興まで道半ばの被災地の様子を見事にリンクさせた本作は多くの人の心に残る作品なのではないかと思います。まだ、ご覧になっていない方はぜひ一度観てみてください。