今回はゲゲゲの鬼太郎でおなじみの水木しげる先生の作品『悪魔くん 千年王国』を紹介します。
この作品がどんな作品なのかをまずはあらすじを簡単に説明しますね。
主人公は松下一郎という小学二年の少年。彼は太平洋電気という会社の社長の息子で軽井沢にある別荘でお手伝いさんたちと共に暮らしている。彼はあまりにも頭がよく、学校では悪魔くんと呼ばれるほど。そんな彼のもとに太平洋電気の社員佐藤が訪ねる。佐藤は悪魔くんの父親から息子の家庭教師をしてほしいと頼まれていた。はじめは単なる頭脳明晰な少年と思われていた悪魔くんだったが、やがて彼がある計画を実行に移そうとしていたことが判明する。
悪魔くんの計画とは?
悪魔くんってよく考えるとすごいですよね。ちょっと前にどこかの親が子供に悪魔って名前を付けようとして受理されなかったなんて話もありますが、まぁインパクト大ですね。
で、その悪魔くんなんですが、実はある企みをしていて、そのためにわざわざ軽井沢の山奥に引きこもっているんですね。その企みとは何なのか?それは悪魔くん自身がこう説明しています。
人間だれもがねがいだれもがはたしえなかった
万人がしあわせになれる王国をいまつくるときがきたのだ
『悪魔くん 千年王国』p71 水木しげる 筑摩書房
もう少し具体的に言うと、戦争もなくて貧乏人もいなくて退屈もない世界を作る。これが悪魔くんの思想なんですね。
これ見た時こう思いませんか?「えっ?ぜんぜん悪魔じゃないじゃん」と。むしろ、すごいいいこと言ってますよね。名前と正反対のことを言ってる。
なぜ、悪魔くんがこんな思想を持っているのかというと、これはもう完全に作者の水木しげる先生の思いがこの作品に注ぎ込まれているからです。
知らない人もいるでしょうが、水木しげる先生は若いころ太平洋戦争に兵隊として参戦していました。南方の最前線で一兵卒の水木青年は、上官からはしごかれ同じ隊の若い兵隊たちは敵の攻撃や食糧不足による餓死、マラリアなどによる病死などで次々にこの世を去っていきます。先生自身も敵の爆撃で左腕を失い瀕死の状態にまで陥ります。そんな地獄のような場所からなんとか生還してきたわけです。
で、そんな地獄から帰ってきた水木先生ですが、まだまだ地獄は続きます。そう、貧乏地獄ですね。水木先生は色々な仕事を転々とした後に、得意な絵を活かせる紙芝居作家に。そして紙芝居が下火になると今度は資本漫画家に転身します。
ただ、いくら作品を書けども書けども生活は楽にならない。途中で打ち切られたり、原稿料がもらえないとか当たり前で、質屋に自分の持ち物を売ったりしてどうにか生き延びていたわけです。悪魔くんはそんな時に掛かれた作品なので、「ふざけんな!!こんな社会おかしいだろ!!」というそれこそ怨念に近いような思いが込められてる。
もちろん貧乏だけじゃなくて、かつて味わった戦地での憤りもこの作品には込められています。その思いを自分の作品の主人公に反映させているのがこの作品なんです。ちなみに、のちに描かれた『悪魔くん』はこの千年王国版とは別物といってもいい作品になっているので、その辺りを比較しても面白いかもしれません。
あと、水木先生の少年時代や戦地での話、貧乏時代の話なんかをざっくり知りたい方は『昭和史』という漫画がおすすめですので、興味がある方はぜひ♪
参考記事:水木しげるを知りたければ『昭和史』は必ず読むべし!! - エンタメなしでは生きてけない!!
誰が悪魔なのか?
ここまででなんとなく悪魔くんって悪魔じゃないんじゃないってことがわかるかと思います。じゃあ、いったい誰が悪魔なのか?
映画評論家の町山智弘さんが「悪魔っていうのは自分では悪さをしない。人をそそのかして悪さをさせるのが悪魔なんだ」みたいなことをおっしゃっててこれはめちゃめちゃ参考になりましたね。
以前『凶悪』っていう映画を観たことがあって、その映画ではリリーフランキーさんが演じる通称先生という男が、ピエール瀧さん演じるヤクザをそそのかして人殺しをさせてましたけど、悪魔は人殺しをしていたピエール瀧ではなくリリー・フランキーなんですよね。相手の欲を刺激して、自分の手は汚さない。まさに悪魔的じゃないですか!!
じゃあ、この悪魔くんという作品におけるリリー・フランキーは誰なのか?ここは言っちゃうと面白くないので、ぜひ本作をご覧になって確認してみてください。そして、その悪魔にそそのかされてしまうのは誰かも含めてね。そういう読み方をするとこの『悪魔くん 千年王国』という作品はより楽しめるのではないかと思っております。