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水木しげる先生は戦場で死んでいった人たちを惨めに描いたのか?

たまたま目にしたツイートで、お医者さんの高須先生が水木しげる先生のマンガに対してこんなことを言っていました。

 

国を、郷土を、家族を、愛する人たちを守るため率先して戦った誇りある方々を惨めにマンガで表現するのはいけないと思います。
水木先生は落伍兵です。僕は水木先生の作品の戦争の行われたパプアニューギニアの現場検証しました。
健気によく戦ったと驚嘆しました。
英霊に敬意と感謝を捧げます。

引用元:https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1206712346552369153

 

「なーに言ってんだ!?」とツッコミを入れたくなるツイートだったのですが、早とちりするのもいけない。もしかすると見る人によっては「惨めに漫画で表現している」と見えてしまうこともあるのかなと思い、改めて先生が自らの戦争時代のエピソードを描いた『昭和史』や創作も交えた『総員玉砕せよ!』『敗走記』を読み返してみることにしました。 

結論から言うと「戦死者の人たちを惨めに表現している」という場面はありませんでした。水木先生の作品には死んでいく兵隊たちの姿が数多く出てきます。ただ先生が描いていたのは昨日まで釜の飯を共にしていた戦友たちが、次の日には敵からの攻撃や飢えや病で突然あっけなく死んでいく様であり、戦死者を「犬死だ」とか「無残に死んだ」といったように惨めに描こうと思えばいくらでも描けたはずの彼らの死にざまを淡々と客観的に描いていたように思います。

 僕はむしろ先生の作品は家族、友人、恋人に看取られることもなく、遠い異国の地で別れの言葉も言えずいきなり命を奪われた者たちに対して光を当てたという点で素晴らしいと思います。時が経てばあっという間に忘れ去られてしまう名もなき戦死者たちの存在をマンガを通じて読者の胸に刻み込んだわけですから、これは戦争から生き残ったものが亡くなった戦友たちにできる最大の弔いなのではないでしょうか。この漫画のどこが戦死者たちを惨めに描いているのかと。むしろ「彼らの存在を忘れるな」と堂々と描いているじゃないかと。水木先生ほど戦死者たちに敬意を表してる人っていないんじゃないでしょうか。逆に僕は戦死した者たちが「率先して戦い誇りをもって死んでいった」と美談にしたがる人の精神が理解できないんですよね。水木先生の体験談やその著書を読むと戦場に美しさなんて微塵もないとしか思えないので。仮に美しい物語があったとしても人を殺し殺されの世界での美談なんて本来必要のないもののはずだし、そもそも誇りのある死を選ばず生きれるなら生きたいと思っていた人が大半なのではないでしょうか。

 

そんなこんなである程度僕の言いたいことは言いましたので、最後に水木先生の著書から先生の言葉を引用して締めたいと思います。

 

「あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか」

ぼくはそれを耳にしたとき「フハッ」と空しい溜息みたいな言葉が出るだけだった。

あの場所をそうまでにして………、何という空しい言葉だろう、死人(戦死者)に口はない。

ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。

引用元:『総員玉砕せよ!』p356~357 水木しげる 講談社文庫

 

戦争に行ったものにしか言えない重みのある言葉ですね。「なぜ彼らが死ななければならなかったのか?」という怒りや悲しみが伝わってきますね。戦死者のことを誰よりも考えていた漫画家、それが水木しげる先生なのだと思います。

 

もしまだ未読であれば、ぜひ水木先生が描いた戦争マンガを読んでみてください。はたして先生は戦場で死んでいった人たちを惨めに描いたのか?その答えが描かれているはずです。