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教える立場の人は知っておきたい。ドラゴン桜から学ぶサポートとヘルプの違いとは?

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ここ最近は『ドラゴン桜』という落ちこぼれ生徒たちが東大を目指す漫画にハマってまして、読んでるうちに「自分も東大に行けるんじゃね?」ってちょっと思い始めてる僕です。(単純だね)

いやぁ、それは冗談だけどあれっすね、ドラゴン桜っていう漫画は勉強のこともそうだけど、他にも色々とタメになることが描かれてて、読むたびに「確かに!」とか「そういう考えはなかったかもな」っていう発見や学びを得ることができる作品ですね。

 

最近だと「ヘルプとサポートの違い」ってやつが描かれてましてね。これがとても山王になったというか、「こういうのおとなになる前に学んでおきたいよなぁ」って思いました。

 

ちなみにどうでしょ?あなたは誰かから「ヘルプとサポートってどう違うの?」って聞かれた時に答えられますかね?僕はこの作品を読む前はちょっと自信がなかった(笑)ただ、ドラゴン桜を読んで今はちゃんと答えられます。

 

この違いを知ってるかどうかってめっちゃ大事だと思うんですよね。特に人にモノを教えたり何か指導したりする立場の人にとっては覚えておいて損はない内容だと思います。

 

そんなわけで、今回は「ドラゴン桜から学ぶ。ヘルプとサポートの違いについて」描いていきたいと思います♪

 

飢えた人に魚をあげるか、釣り方を教えるか?

これはドラゴン桜第7巻のお話です。

 

龍山高校の数学担当の高原先生は教育方針として「メンタルケアのサポートをする学校にしよう」と提案します。その背景には学校を卒業した後、進学も就職もしないバイトもしないニート状態になってしまう人たちが出てきているから。(うっ、心が痛い‥‥‥。)

 

そうならないためにも、学校全体で生徒たちを徹底してサポートすることがウリになるんじゃないか、その方が生徒たちのためになるんじゃないかという考えなんです。どうでしょうか?一見すると「なるほどね。」と納得してしまいそうな提案ですよね?

 

ですが、そんな高原の考えを聞いていた、国語担当の芥山先生は魚釣りの話をし始めます。どんな話かって言うと、「あなたの目の前に飢えてる人がいたとします。その場合あなたはその人に魚を釣ってあげますか?それとも釣り方を教えてあげますか?」っていう話です。

 

この質問に対して高原先生は「魚を釣ってあげる」と答えるわけです。ちなみにあなたならどっち選びますか?目の前に飢えて苦しんでいる人がいたとしたら、あなたは魚を釣ってあげるでしょうか?それとも魚の釣り方を教えてあげるでしょうか?正直、死にそうなら魚をあげてしまいそうですよね?

 

しかし芥山先生は「魚を釣ってあげる」と答えた高原先生に対して「教師失格です」と答えるわけです。さらに芥山先生は畳みかけるように話を続けます。

 

飢えた人のために魚を釣るか釣り方を教えるか

これを教育の現場に置き換えて考えると悩んでいてつらい生徒に教師としてどのように接するべきかという問題です

あなたには想像力が欠けていて生徒の立場を理解できていません

だから教師失格と言ったのです。

引用元:『ドラゴン桜』 第七巻 三田紀房 講談社

 

うーん、手厳しい。芥山先生は高原先生がしていることは、生徒を信頼しておらず、心の底では生徒のことを過小評価しているからであるというわけです。

 

まぁ、僕も目の前で飢え死にしそうな人がいたら普通に魚をあげてしまいそうだけど、それを教育で考えたら、確かに「自分がやってあげる」という発想はNGだよなぁと思いました。問題解けない生徒が目の前にいた時に教師が全部問題解いてたらその生徒なんも出来なくなっちゃいますもんね。芥山先生はきっとそういうことを言いたかったんだと思います。なんでもやってあげればいいってもんじゃないと。

 

コーチングの技術が役立つ

続いて弁護士で龍山高校の再建を任されている桜木は、こう話します。

 

落ち込んだり悩んだりしている人にこちらが期待しているとおり活躍してもらうためにはコーチングの技術が役に立つ

 

さらに桜木はヘルプとサポートの違いや、サポートに徹することのメリットについても説明していきます。

 

ヘルプではなくサポートする技術だ

魚の例で言えば釣ってあげるのではなく釣り方を教えるのがコーチングだ

ヘルプは釣ってあげること 無条件で助けてあげることだ

ヘルプだとその場はしのげても 問題は解決されず逆に大きくなるかもしれない

一方サポートによって釣りを教えられた人は 将来的に自分で船をつくり海へと漕ぎ出し 未知の魚を釣るかもしれない

教師と生徒 親と子 上司と部下 

このような関係ではサポートが望ましい

 

個人的には「本当に困ってどうしようもない」って時にはヘルプに入ることも必要だと思います。死にそうな人やにっちもさっちもいかない人をを前にして「魚をこうやって釣るんだよ」なんて言ってる場合じゃないとも思うので。その辺は臨機応変に行くべきじゃないかと。

 

ただ、問題はそのヘルプをサポートと勘違いしてしまうことなんじゃないかなぁと思うんですよね。数学担当の高山先生のように「自分は生徒をサポートしているんだ」と思っていても、実はその考え方はヘルプ的な考えになっていて、結果として生徒たちが自主的に問題を解決したり、行動する機会を奪ってしまうんじゃないかなと思うわけです。

 

いやぁ、これ怖いっすね。ヘタすりゃ良かれと思ってやっていたことがヘルプされてる側の可能性を奪うことにもなる。それがずーっと続いたらほんとにヘルプなしで何も出来なくなるなんてこともあり得るわけですからね。

 

そう考えると親とか教師とか上司とかの関係性っていうのはほんと気を使わなきゃいかんなぁと思います。っていうかこのコーチングの考えって「教育をする立場の人間に必須のスキルじゃね?」って思いません?っていうかもっと言ってしまえば僕ら皆に必要じゃね?だって、どんな人でも人に何かを教える立場になりうるわけじゃないですか?学校だって、職場だって、サークルだって、部活動だってどこかで相談されたり教えたりすることってあると思うんですよ。

 

いやぁ、そう考えると学校でくだらない○○教育やるより、コーチングの授業を取り入れた方が10000万倍ぐらいいいんじゃないのと思うのは僕だけでしょうか?(笑)

 

まとめ

そんなわけで、今回は『ドラゴン桜から学ぶサポートとヘルプの違いとは?』という内容でブログを描いてみました。

 

端的にヘルプとサポートの違いをまとめるとこんな感じかな?

 

  • ヘルプ→○○してあげる、無条件で助けてあげる
  • サポート→方法論は教えるが、あとはその人を信じる

 

もちろん、時にはヘルプしてあげることも必要だとは思います。ただ基本的にはサポートに徹すること。その人を信頼してあげること。それが人の可能性を奪わない方法なんじゃないかなと思いました。

 

ヘルプではなくサポートを。魚を釣ってあげるのではなく魚を釣る方法を教えてあげる。

 

非常に重要な考え方だと思うので、共有させてもらいました。

 

それでは今回はこの辺で失礼します。

 

あと、今回の話の参考文献にのっていたコーチングの本も貼っておきます。コーチングに興味がある人は良かったらご覧になってみてください♪